二人の銀河鉄道~賢治と嘉内の青春

番組タイトル: 「二人の銀河鉄道~賢治と嘉内の青春」

対象: 一般

再生時間: 本編26分

ジャンル:サイエンスノンフィクション

宮沢賢治の原点は、この友情にあった

今もたくさんの人に読み継がれる、宮沢賢治(1896~1933)の「銀河鉄道の夜」。 貧しく孤独な主人公ジョバンニが、親友カムパネルラとともに、銀河鉄道に乗って 天の川を旅するこの物語は長い間、賢治と、若くして亡くなった妹の投影であると 見られてきました。

しかし近年、岩手県の盛岡高等農林時代の唯一無二の親友保阪嘉内(1896~1937)こそが、 カムパネルラのモデルではないかということがわかってきました。 この番組は、嘉内の次男である保阪康夫さんや、盛岡高等農林同級生の親族「アザリア記念会」、 賢治の弟の孫宮沢和樹さんらのご協力をいただき、嘉内の回想という形式を取りながら、 作品の原点となった二人の青春時代を振り返り、新たな「銀河鉄道の夜」の魅力を 描き出していきます。

天の川に託した、「銀河の誓い」

1910年、山梨県の甲府中学(現在の甲府一高)の学生だった嘉内は、 後に民俗学的な星の研究で知られ、日本の天文普及に大きく貢献する、 野尻抱影の教えを受けました。

当時、地球に最接近したハレー彗星をスケッチし、「銀漢ヲ行ク彗星ハ、夜行列車の様ニテ 遥カ虚空ニ消エニケリ」(彗星は、銀河を走る列車のようだ)とも書き残しています。 その後盛岡高等農林学校へ進学した嘉内は賢治と出会い、意気投合。 賢治の星空への造詣の深さは、嘉内との出会いとともに始まったのでしょうか。 嘉内のスケッチは、後に「銀河鉄道の夜」のモチーフにもなりました。 唯一無二の親友となった賢治と嘉内。

岩手山に登った二人は、満天の星空を眺めながら夜通し語り合い、 「人々のほんとうのしあわせのために生きよう」と誓い合います。番組では、このシーンが、 最大の見せ場となり、彼らが満天の星空の中で、さまざまな 想像を広げて旅をしたであろう深宇宙を、映像で映し出しています。

別離が生んだ「銀河鉄道の夜」

その後、盛岡高等農林を退学した嘉内は、賢治と別れを告げふるさとの村作りに尽力し、 おのれの信じる「人々のほんとうのしあわせ」を追い求めます。 その友を慕い、賢治が嘉内に送った手紙は、現存するものだけで73通。 最後は「我が友保阪嘉内、われをすてるな」とまでしたためましたが、 二人が出会った頃のように、心の友として交流することはもうありませんでした。 この別離を通して賢治は、「どこまでもどこまでも一緒にいこう」と言葉を交わし合う、 あの、ジョバンニとカムパネルラの友情を描いたのではないでしょうか。 番組では、「銀河鉄道の夜」の名シーンと、二人の交流の軌跡とを重ね合わせます。

嘉内が万感の思いを込めた歌「勿忘草」

嘉内はそんな賢治に対し、どう思っていたのでしょうか。 それを彷彿とさせるのが、嘉内が、保阪家の家庭歌として残した「勿忘草」です。その歌詞は、まるで賢治にささげたかのようなものにも聞こえ、丸尾めぐみさんの編曲で、番組のエンディング曲になっています。

賢治の死からわずか3年半あまり、「人はみなこうして自然に帰ってゆくのだ」という言葉を残し、 嘉内もまた、世を去ります。二人は短い生涯を燃やし尽くし、それぞれの立場で、「人々のほんとうのしあわせ」を追い求めました。

番組で、嘉内・賢治・抱影とナレーションの4役をこなしているのは、俳優の金田賢一さん。 わかわかしくかつ落ち着いたナレーションがしっとりと心にしみこみます。


 
原作:  江宮隆之「 二人の銀河鉄道 ~賢治と嘉内~」( 河出書房新社)
監修:  加倉井厚夫
協力:  保阪庸夫・向山三樹・アザリア記念会・宮沢和樹・林風舎・岡田幸助・宮沢賢治記念館
資料提供:  保阪庸夫・林風舎・宮沢賢治記念館
声の出演:  金田賢一・山形由紀子
風景絵画:  田原田鶴子
シルエット画:  木部一樹
音楽:  丸尾めぐみ
音響:  パストラルサウンド・北城浩志
ポスターデザイン:  坂本太郎
ポスター写真:  牛山俊男
映像演出:  広橋勝
プロデュース・脚本:  高橋真理子(山梨県立科学館)
制作協力:  合同会社スターライトスタジオ
著作・制作:  山梨県立科学館